原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

半年のこととか

 また半年ほったらかしていた。いつもそうだ。

 この半年で、動画がちょっと編集できるようになった。遊び程度の編集だけど、ただの「切り貼り」から「編集」に進化すると、「できること」の感触がだいぶ変わる。技術的には大したことはないし、誰でもやろうと思えばできるくらいのことなのだが、多くの場合、人は「やろうと思わない」ことも確かなのだと、最近思うことが多い。とすれば、「やろうと思う」ことができること自体が貴重なのだと。

 もちろん、自分自身がなんでも「やろうと思う」ことができるというわけではなく、人は人によって、「やろうと思う」ことができることが違う、ということだ。卓見。いや卓見か?

 もうひとつ変わったことは、わりと配信を見るようになったことで、これは今年の2月からそうなった。これも、「やろうと思」わないとやらなかったことで、とはいえ、それは私の人生にプラスなのか? と自問すると、よくわからない。わからないが、(いつなされるかわからない)配信を待つ、という感じは、あまりない感覚かな、という気はする。これまで触れてきたものは、ある程度定期的に出ることが約束されているものだったり、あるいは、長期的に期待せずに待つ、ようなものばかりだったので。

 ただ、配信をリアルタイムで見ていると、どうも生来的なしゃべりたがりのところが出てしまうようで、コメントしすぎてしまうきらいがあるように感じている。日常生活ではそんなに積極的にしゃべりはしないのだが(職業的な性質によりしゃべらざるをえないので、ある程度はしゃべるが)、どうもたがが外れやすいようだ。

 これはよくないことか? というのはわからないのだが、なんかコメントしすぎたな、という自己嫌悪に陥ることはなくもない。コメントしたい精神みたいなのがうずくのは、ニコニコ動画を結構長いこと見てたからかもしれないな、とも思うが、そうか?

 どういう年齢になっても、結構生活はがらっと変わるもので、そういうのも面白い。

お正月に死を思う

 何度も同じことを書いているような気がするけれど、私にとって、1年の中で、もっとも死を思うのがお正月だ。

 誕生日もそうだが、1年を更新していく、重ねていくという過程は死への道行きではある。だが、そのこと以上に、普段住んでいるところを離れて、地元に戻るというのがやはり大きいのだろう。

 年々歳を重ねていくと、色々な人に「あと何度会えるのだろうか」ということを思う。10代で一人暮らしを始めたころに、「これから親と過ごす時間の総時間は、これまで生きていた時間を超えることはない(だろう)」と思った。いや、介護とかを考えれば、そうとも限らないわけだけど、そのときにはそういったことには考えは至らなかった。だから、人生に無限の時間があると思っていたわけではないのだが、しかし、それでも、まだまだ時間は呆れるほどにあると思っていたのも事実だ。

 自分に残された「残り時間」のことを漠然と考える。それがどれくらいあるかは誰にもわからない。明日で尽きるのかもしれないし、20年くらいは大丈夫かもしれない。しかし保証はない。そのことが、毎年毎年、少しずつ怖くなる。特に、この2年はそうだったと言ってもいい。

 一方で、死の前に立ちすくんでいても仕方がないので、普段はそのことを極力考えないようにして生きている。ある意味において、現実から遊離して生きているのが普段の私なのだけど、お正月というのは、現実に引き戻されるような時間だ(実際には、もちろん普段もまた現実なのだけど)。

 いつまでもあるような地元も変わっていくし、家族についてもそれは変わらない。

 ついさっき、親しい家族に何か痛ましいことがあった人のツイートを見た。亡くなった方の、あるいは、何かの事情でツイートが途切れざるを得ない状況にある人のツイートを遡って読んでしまうことがある。ツイートに途切れる予兆がある人もいるし、あるときばっさりと、切り落とされたようにツイートが止まる人もいる。その様子は、こういったSNSが広がるまではなかなか目に見えなかったことだ。

 身近な人には(あるいは誰もが)、平穏に生きていてほしい。そういった祈りを普段の私はわりと忘れてしまっているけれど、でも、ときどき怖くなる。今日の帰り道に、宗教というのは、そういう祈りの受け皿なんだなという当たり前のことを思った。

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帰省中の海
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これはまったく関係なく年末に食べたパフェ

今年買ってよかったもの

(だいたい)今年買ってよかったものをまとめておきます。振り返ってみると、音関係が多い。

骨伝導イヤフォン

 AirPods Proが原因になった外耳炎でイヤフォン恐怖に陥った2020年。ヘッドフォンを使うかたちで安定しましたが、しかし移動時ヘッドフォンは嫌なので、その代替手段として骨伝導イヤフォンを模索しました。買った当時の日記が残っています。

rouble.hatenablog.com

 移動時用と会議時用がありますが、どっちもヘビーに使っています。特に移動時用はボタンも押しやすくて、ほぼ移動時は常用。Podcastをたくさん聞いたな、という1年でした。マスクと眼鏡と一緒につけると若干耳が渋滞するのが玉に瑕。

Bluetoothスピーカー

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 正確には去年買ってたんですが、あまり活用できていなかったもの。今年になって使用回数が増えました。上に表示されているのは後継機かな。

 当初は家でiPhoneとつなげてPodcastを聞こうと思ってたんですが、なんか家ではPodcast聞こうというムードにならないので、埃をかぶっていました。で、ふと思い立ってデスクトップPCとつなげられるようにしたらよかった。

 私、わりと配信とかの音を聞き逃したくない方で、ちょっと飲み物取りにいく、とかいうときにも、ボタン押して、ひょいっとスピーカーをつかんで移動できるのがいいです。あまりやらないけど、お風呂に持ち込めるのもよい。

WiMAX 5G Galaxy

 3年契約が終わったので、次の機種に交換。5G対応してますが、まだ電波は全然飛んでいないので、それは未来に期待。

 購入した直後はあまりの重さ(約203g)と巨大さ(iPhone SE2より大きい)に驚愕し、若干がっかりしましたが、驚異的にバッテリーが持つことと、電波のつかみがすごくよくなったことにとても満足。WiMAXは長らく建物の中の電波のつかみの悪さが課題だったわけですが、ほぼ解決しているんじゃないかと思います(ビル街とかは知らない)。

 朝から電源入れっぱなしにしても、帰ってきてまだ半分くらいはバッテリーが残ってるのも安心感あり。重たさが許容できるならおすすめです。

サラウンドスピーカー HT-A9

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 衝動買いその1。今年は、『閃光のハサウェイ』とか、サラウンド環境があったら楽しいんだろうなと思う機会が多かったので、家の音響関係の強化を考えました。で、考えようとしたんだけど、めんどくさくなって、ちょうどよさそうだったので衝動買い。試聴とかしてないよ(そもそも近所にできる場所がない)。

 独立した四つのスピーカーを部屋の四隅に設置することで、サラウンド環境を作ることができるのがウリ。コンセントだけで動くので、配線の面倒がないのがとてもよいです。部屋の作りにもよると思うんですが、うちのリビングは空間としてキッチンと書斎につながってるので、テレビあたりから配線するのは天井でも這わせないと無理なんですね。置くだけで、角度とかの調整も一切不要(自動的にしてくれる)ので、とにかく何も考えなくていいのがすばらしい。

 買った直後はいまひとつよさが十分にわからなかったのですが、後述するテレビと組み合わせることで、(個人的には)とてもいい環境になりました。当初は若干音飛びがありましたが、アップデートされたことで解消しています。

BRAVIA

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 衝動買いその2。衝動度合いはその1より弱め。

 HT-A9と合わせること考えるとSONYかなーと思い、ちょっと(どころではなく)高かったですが、まあこのあと10年は使うだろうからなあ、と思って買いました。前に買ったのが地上デジタル放送に切り替わるときだったので、今のテレビの変化にびっくりする。セットアップとか、ほぼタブレットじゃん。

 HT-A9と組み合わせると、センタースピーカーとしてテレビ画面全体を使うことができるようになります。この機種、正直なところ音の評価は低いみたいなんですが、まあ音質とかよくわかんない。センタースピーカーのない状態でHT-A9を使うと人の声がちょっとぼんやりするんですが、センタースピーカーを使うと、環境音と人の声が切り離されて、解像感がはっきりする感じ。ゲーム実況とかを見るのにとてもいいです。集合住宅なので、そこまで大音量では鳴らせないことを考えると、個人的には満足かなあ。

 とにかく思い立ったときにぽちっとテレビつけてYouTubeNetflixを見る、とかが楽にできるのが最上で、それが叶う環境になったので、動画見ている時間が結構長くなりました。面倒なセットアップがないというのが一番。

フィットネスバイク

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 完全に忘れてた。これも今年でした。

 今年度はコロナ前の働き方に80%くらい戻ると思われたため、3月に運動しようと思って購入。1~3月はFit Boxingもがんばってたのですが、いかんせん「ながら」ではできず、これは早晩やらなくなるな、ということが見えていました。そこで、動画を見ながらとかゲームをしながらとか、そういう環境で運動できるようにしようと思ったのです。

 前は動画を見ながら踏み台昇降とかもやってたんだけど、どうも膝とか肘にダメージが入る傾向にあり、もうちょい身体に負担のないものにしようと思ってのチョイス。邪魔になるかなーと思いましたが、そこまでではなかった。下記のスタンドを近くに設置し、スマートフォンを使いながら運動とかもできるようにしました(本体に置くこともできないではないけど、本体だとどうしても揺れるので)

 毎日とはいきませんが、週に数回運動できるようになったので、体力維持はできている感じがあります。立ち仕事してても、足がだるくなることが減ったかも。

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スマートプラグ

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 さらに忘れてたので追記。ネットを介して、遠くからコンセントのスイッチをオンオフできるアイテムです。

 何年も前から、「電気ストーブ切ったかな……」と不安になっては部屋に戻る、という行動がたびたびあり、こういうときにスマートプラグがあったらなとうだうだしてたのですが、一念発起してようやく買いました。早めに買っておけというのだ。

 もちろん、電気ストーブをオフにするつもりがオンになったら大変なので、これは根本に配置し、間にいくつか別のスイッチを噛ませることで、「オフにはできるがオンにはできない」ようにして使っています。

 実効性というよりも、これを使えば「確実に電気ストーブを切った状態にできたという確証が得られる」という点が大変よく、心の安寧が訪れました。本当に、もっと早く買えばよかった。


 今年はあまり大きな買い物しなかったなーと9月くらいまでは思ってたんですが、後半盛り返しました。ちょっと倹約しようと思います。

2021年11月のこと

 そろそろ年末だな、と思いながら、あまりにも日記を書いていなかったことを思い出し、日記を書く。忘れていたわけではないんです。しかし、年々無精が進んでいく。

 2021年は、2020年に比べると、(少なくとも私の生活上は)かなり通常業務に戻っており、しかし出張だけがオンラインで代替されている、という状況だった。会議は半々くらいで、なぜか特に必要もない気がするのに対面で行い続けた会議もあれば、1年間オンラインだけで行われた会議もある。

 2021年11月というこの現在は、かなり状況が落ち着いていて、しかし、これからもう一度増えるんじゃないか、とどこかしら思いつつ、でも、ひょっとしてもうこれで終わりなのでは? と心の底では期待のようなものを抱いているような、そういう状況だ。

 期待。これがまたちょっと微妙なところで、少なくとも私個人はこの2年間の生活はそれほど悪くなかった、というのがややこしい。社会上、この状況は一刻も早く終わった方がいいに決まっているし、私の周りではあまり閉店などもなかったのだけど、それでも、お店などが閉店してしまうのも悲しい。が、「人と会わなくていい」というのは、やっぱり私にとっては楽なのではあった。

 ただ、家族と会えていないというのは、寂しいのとはまたちょっと違う申し訳なさのようなものもあるし、状況が改善することは基本的には嬉しい。2年間、大規模な移動もしていないわけで、さすがにちょっと、そろそろ都会的な空気を吸いたくもある。もう2年も大型書店とかに行ってないってことですからね(なにせ2年間飛行機はおろか電車にも乗っていないのだ)。

 自分でも気がつけない自分自身の変化が、この2年で決定的に起こったのかもしれないし、起こってないのかもしれないけれど、それが露わになってくるのは来年のことになるのかな、と、戻りつつある状況を見ながら思っている。

キャリーバッグを買って

 ふと思い出したのだけど、2019年から2020年にかけて、キャリーバッグを2つ買ったのでした。

 1つは、それまで使っていたものが古くなったので新調。こちらは2泊~3泊くらいの出張で使うイメージ。で、もう一つ、1泊用のものがあるといいな、と思ったので、それも買いました。

 1泊ならキャリーバッグじゃなくてもいいんじゃない? と考えることもできるのだけど、東京とかだとわりと歩く距離が長く、出張だとノートPC+iPad装備にはなってしまうので、ちょっとしんどい。そして、出張先によっては、自転車で駅まで行って、そこから電車で出張、というルートもありえるので、自転車のカゴに入るくらいのキャリーバッグがあれば便利なのでは、と思ったわけです。

 自転車のカゴに入るくらい、というのが割と難しく、お店で色々聞いたりしながら、ようやく購入。なかなかいい買い物をしたと思っていたのですが……。

 使う機会が……なかった……。

 この1年、キャリーバッグを要する出張は一度もなく、電車にさえ一回も乗っていないままです。使うのはいつの日になるのかなあ。

2020年のこと

 2020年が終わる。この1年のことを、一生の中でどのように思い出すことになるかはわからない。印象的な1年として思い出すのか、それとも、意外とそうでもなく忘れていくのか。いつもどおりではない1年ではあった。けど、どの1年も「いつもどおり」ではない、とも言える。

 年末の今、帰省できずに思うのは、意外と「1人で年末年始を迎えたことがなかった」んだな、ということで、別にそれは今年は孤独とかそういうことでもなく、しかし、なんとなく地に足がついていないような感触がある。年末の空気に触れず、年始の空気にも明確には触れられないんだろうな、という感じ。

 「誰か」と時間を共有することで、これまではそれを感じていたのだろうけど、その「誰か」がいないと、本来的にはフィクションである年末/年始という境目は実在感を失うのだろう(その実在感をつなぎ止めるために「おせち料理」や「年賀状」や「お雑煮」や「年越しそば」があるのだとも思う。そばはこれから食べます)。

 この1年、人とあまり会うことがなかった。もちろん、職場での接触はあるものの、例年に比べれば体感的には1/5くらいだろうか。一方で、ネットを介した仕事上のやり取りは増大した。Slackなどで交わした言葉は、例年の比ではなく、雑談もたくさんした。例年はこんなに人(互いに顔を知っている知人)と雑談はしていない。このような状況になったことで、それぞれが雑談を求めた、ということもあるだろう。これは楽しいことだったと思う。

 もともと、それほど人と顔をつきあわせて話す、ということが好きというわけでもないので(どちらかといえば億劫)、この1年は、出張もなくなり、自由が飛躍的に増大した過ごしやすい1年だったとは言える。だが、それはインフラを支えている多くの人たちの困難に支えられている快適さで、これが続けばいいとは、やはり思えない。

 この状況が「すぐに終わる」とはもう考えなくなっていて(今年の4月ぐらいはまさか1年続かないだろうと思ってたような記憶もある)、下手すると来年1年もこんな感じなのかもしれないとも思うし、いやさすがにそれはないのではないか、とも思っている。これは来年答え合わせをしたい。

 年齢を重ねていくと、次第に自分の「死」のことを考える。今年も多くの訃報に接し、そのたびに自分のことを考えないわけでもない(特に何かあるわけではないです)。前より死ぬのが怖いな、と思っているようでもあるし、残りの人生の年月がどれくらいあるのか(それはもちろん予測できないんだけど)、ということも考える。

 今年は日記を残そう残そうと思いつつ、いつになく残せていないので、うーん、やっぱり今年も来年はもう少し日記を書きたいな、と思いながら、年を越していきます。

今年よく食べたもの

 気がつけば半年更新してなかった。年末の記録シリーズです。

ヨーグルト

 今年よく食べたのは、なんといってもヨーグルトで、特に種類気にせず色々食べていました。最近は、ギリシャヨーグルト系をよく食べています。

 なぜヨーグルトを食べていたかというと、4月半ばから5月上旬くらいまでお腹を長期間壊し、固形物を食べると腹痛に襲われていたからですね……。コロナの症状ではないとわかってはいましたが、あの時期に体調を崩していることの恐ろしさよ。カップスープを三食食べて生き残りました。ありがとうありがとう。たぶん塩分取り過ぎだったけど……。

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 で、5月からほぼ毎日ヨーグルト食べていたおかげなのか、それ以降は腹痛なし。割と定期的にお腹を壊す方だったので、今後の人生もヨーグルトとともにありたいと思います。

そうめん

 夏の記憶が曖昧ですが、今年もそうめんはよく食べました。今年の食べ方は備後漬物のえびorイカキムチを添えて。備後漬物のキムチは素晴らしい。

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近所のカフェのモーニング

 近所のカフェはよく仕事をするためにモーニングにいってたのですが、緊急事態宣言中は閉まってしまって、このまま再開しなかったどうしようとハラハラしました。無事再開してくれてありがたい。その後、わりと仕事場にいかずに仕事することが増えたため、モーニングの利用回数も昨年までに比べて跳ね上がりました。平均週3~4回はいってたと思う。

 全ての従業員に記憶された気配があり、何もかもオートで事が済みます。他にいないパターンの客なので、覚えやすいんだと思う(基本的には赤ちゃん連れの女性客 or 高齢夫婦が多い店です)。

 あとは、買い物に行くスーパーのバリエーションを増やしたのでちょっと買うものが変わってきたり、近所のスーパーが買収されて悲しかったり、来年はスーパーのひとつがどうやら閉店するようだったり、と色々日頃の買い物関係にも変化がありました。来年は何を食べるかな。