原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

『劇場版SHIROBAKO』

 『SHIROBAKO』の劇場版を見てきました。劇場版を作る劇場版。事前情報はあまり入れずに観にいった方が楽しいかも(下の予告編も見ない方がいい)。以下、ネタバレしかないので閉じておきます。

劇場版「SHIROBAKO」本予告【2020年2月29日(土)公開】

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『ラストレター』

 岩井俊二の映画を見るの、すごく久しぶりなんですけど(『花とアリス殺人事件』以来)、実に岩井俊二でしたね。

 映画としての面白さは中盤までの手紙のやりとりにあるのかな、と思って、小説家であるところの乙坂さんのところに、娘コンビまで手紙を送り始めたところが楽しかった。そのことについて、乙坂さんがどう思っていたかははっきりとは描かれていないんだけど、本当の未咲さんから送られてきてるとは思ってなかっただろうから、どう思ってたのかな、と思いながら見ました。

 裕里さんの息子とその友だち二人の小学生トリオも、こう小学生やな……という感じの尾行の雑っぷりとうざさがよくて、登場してる時間は短かったけど印象的だった。娘コンビもよくて、ちょっと『花とアリス』を(見終わった今になって)思い出す。あの、見送るときに二人で傘さしてるシーン、撮りたかったんだろうなって感じがすごくした。最後の夜の、帰っちゃうのか、ってところはすごくよかった。

 乙坂さんのピーキーな感じもよかったと思う。下手するともうちょっとかっこよくなりそうなとこだけど、あの「未咲は?」って、呼び捨てにするとこ、「うわあ」って感じでどきどきしますよね……。でも、乙坂さん的な「イタさ」は、確実に自分の中にもあって、それで心の中がぐるぐるします。

 見終わってみるとやりきれないなあって話でもあるし、答辞を読んでいる未咲が数年後に辿る道のことを思うと暗澹たる気持ちになるんだけど、いつかもう一度見る映画だなって思いました。

米澤穂信『巴里マカロンの謎』

 待ちに待った──というには待っていた時間が長すぎた小市民シリーズの最新刊! を読みました。でも11年と言われてもぴんとこないね、と思うのは時々読み返していたからかな。

 で、短編が発表されてたことは知ってたのですが、基本的には小説もマンガも単行本派なのでここまで読んでいなかったのです。蓋を開けてみたら冬期限定じゃないじゃん! 春期と夏期の間の1年ちょいの間に挟まる短編集でした。以下ネタバレあります。

 もともと、小市民シリーズは時間を贅沢に使ってるところがあって、春と夏の間の空白期間の長さもだし、秋も2年秋から3年秋まで時間を使ってるので、隙間は結構多いんですよね。だから、その間の話はわりと自由に作れる──と思いきや、夏期限定のときに結構縛りが入っています。

 そういえば、小山内さんと街を歩くのは久しぶりだ。いつが最後だったかな……。記憶を辿ると、とんでもないところまで遡っていった。他にもあったように思うけれど、思い出したのは去年の春、一年以上前のこと。

 ……去年の春から夏にかけて、ぼくと小山内さんは結果的に、有印公文書偽造の犯罪を暴いた。そのためかどうかはわからないけれど、五人の人間が逮捕された。こんなことは、断じて、小市民のなすべきことではなかった。その反省の上に立ち、ぼくたちはその夏以降、ごく大人しい一年を送ってきた。「小市民」の座は、もはやもらったも同然だ。

 さすがにこのあたりを守ると物語にならないので、夏期限定のときの小鳩くんは色々記憶を失っていることになりました。完全には信用できない語り手ではあるので、それでいいようにも思う。

 久々に読んでいて思ったのは、「古典部シリーズ」とはまた違う乾いたユーモアがあるな、ということで、思わず読み返してしまった秋期限定のラストシーンのとことか、それがよく出てる。

 ただ、確かに少しは、人間失格気味だったかもしれない。
 小山内さんも、言う。
「糠に釘。そうね、わたしもきっと、瓜野くんとつきあってそう思ってた」
 硬い微笑み。
「この子、他愛ないなって」
 ええと。
 ぼくはさすがに、そこまでは思わなかったかな。

 冬期限定、出たら終わってしまうのだろうけど、やっぱり楽しみ。でも次も10年後なのかな……と自分の年齢を数えたりもします。では各話感想。

巴里マカロンの謎

 表題作。というか、マカロンってその部分の名前だったの、っていう発見。

 ほぼ会話劇で進む推理劇を読みながら、そうそうこういう感じだった、と思い出しつつ、一方で「名古屋」という具体的な地名が出てくる意外性も。これまでの作品では、彼らが住んでいる町の外は描写されていなくて、そのことが、なんとなく「閉ざされた町」という感じを作っていたのだけれど、今回はそれをひょいと飛び越えていて、世界が広がった感じ。

 この短編集の縦軸になる新キャラクター古城さんの登場回でもあります。

紐育チーズケーキの謎

 チーズケーキ食べたい。

 小山内さんの小山内さんっぽさが顔を覗かせる短編。これもまた名古屋が舞台。

 小山内さんが持ってきたお菓子が台無しになったところで、読者は「終わった……」と思うわけですが、小山内さんのことをよくは知らない古城さんとの認識のギャップが楽しい。

「いきなり押しつけられたものでも、預かりものを簡単に他人に渡したりしない……さすがゆきちゃん先輩……勇気あるなあ……」
「まあ、マシュマロも台無しにされたしね」
「……それは関係なくないですか?」
 さあ、どうだろう。

伯林あげぱんの謎

 この作品だけちょっと異質で、古城さんは登場せず、まだ1年生である堂島くん属する新聞部の話。

 これはミステリーとして読者も考えやすくなっていて、最後の解決編までのところで「ああ、そういうことか」というのがわかりやすくなっている。前から思ってるけど、小鳩くんが「常悟朗」って呼ばれるのがなんか不思議というか、小鳩くんってあまり常悟朗って感じじゃないですよね。

花府シュークリームの謎

 最終話。事件ももっとも大きく、小山内さんが実に行動的な面を見せます。

 辞書を引くシーン、「マロ」までは私も引いてみたんだけど、そっちかーってなって悔しかった。

 ラストシーンは、このシリーズにはとても珍しく、小山内さんがストレートに報われていてよかった。でも、このあと夏期限定なんだよね、と未来を知ってると、この小山内さんの性向、冬期限定ではどうするのかなって(楽しみに)思います。

珈琲についてのあれこれ

 珈琲を飲んでいる。コーヒーでもこーひーでもCoffeeでもいいのだけど、珈琲店という名前のお店なので、気分としては珈琲だ。

 眠たいな、と思っていた。久しぶりの連休ということもあり──いや、生活リズムは常に崩れがちだ。休日だからというのは言い訳に過ぎない──朝まで起きていたので、そのあとの睡眠時間はわずか。といっても、昨日の21:00-24:00あたりに寝てたため、寝不足というわけでもない。

 珈琲を飲むと、目が覚めるという。だけど、ここ20年ばかり、あまりそういった実感はなくて、だから私はわりと寝る前にも珈琲を飲む。

 珈琲には、砂糖とミルクを入れる。私はあまり珈琲が美味しいかどうかがわからない。美味しくない、というのはある程度わかるとして、「ではこれとこれではどちらが美味しいか?」と聞かれると、それに答えられるような解像度で珈琲を捉えることはできていない。

 最初から砂糖とミルクを入れていた、ということでもなく、また、眠気に効くと最初から思っていなかったわけでもなく、珈琲を飲み始めたとき、私は、「ブラック」で「眠気に効く」と思って珈琲を飲んでいた。これがよくなかった。

 高校1年生のころだ。高校になって、学校には自動販売機が置かれるようになった。不思議なもので、中学校まではジュースを学校で飲むなんてとんでもない! という文化なのに、高校からはそれが許される。義務教育ではないから、とかそんなことも言えるのかもしれないし、お金を持ってくることになるのが云々とかかもしれないが、あまり意味のないことではあるなと思う(小学校でシャープペンシルが使えないことがあるように。筆圧がつかないから、とか言われるけど、そんなことがあるだろうか?)

 高校には、朝課外というものがあり、7:40くらいから始まる。私は電車通学だったのだけど、混雑を嫌うあまり、6:30のがらがらの電車に乗り、悠々と座って通学することを好んだ──はずだが、これは2年生あたりからだったかもしれない。記憶が歪んでるし、そのことを憶えているのはたぶんもう私だけで(それを憶えていたであろう母はもういないので)、確かめようもない。

 30分くらい早くつくと教室には誰もいない──のだが、いつのころからか、同じ時間に登校してくるクラスメートがいた。こちらが電車を一本早くするとなぜか追随され、思うに、妙な「1番乗り」争いみたいなことだったのかもしれない。彼女とは、ほとんど口を聞いたことがない(今考えると、同じ教室に二人しかいないのにしゃべらなかった、というのはかなり妙だが、高校生ってそんなものだよねと思う)。

 で。そのあたりは高校3年生あたりの話なのだが、高校1年生のころは、とにかく朝課外が終わると眠かった。もともと私は人の話を聞くのが苦手で(そのことを自覚したのは30歳くらいのころだったが)、とにかく授業中に寝る。大学でも寝てたし、今も、人の長い話を聞くのはかなりダメだ。で、その弱点にあまり気づいていなかった私は、珈琲を飲んでなんとかしようとしていた。

 これがよくなかった、というのは、私にとって、「ブラックで珈琲を飲む」というのが、わりかし辛い記憶になった、ということだ。美味しいと感じないものを、起きておくために無理矢理飲むというのがいい経験であるわけはなく、しばらく私は珈琲が嫌いになった。再び珈琲を飲み始めたのは、20代の後半になる。10年近く、珈琲を飲むことができなかったわけだ。

 今でも1日1杯飲まないと気が済まない──というほどの珈琲好きではないのは、あのころに原因があるのかもしれないし、今もブラックはほとんど飲めない。過去の些細な傷が、一生に影響を及ぼすということは、案外あるなと時々思う(もっとも、それは今から過去を振り返って「そういうこと」にしてるだけかもしれないけれど)

乃木康仁『とある科学の超電磁砲外伝 アストラル・バディ』1~3

 ちょうど『とある科学の超電磁砲T』が始まったところなので記録。基本的に本編よりも外伝の方が面白いシリーズですが、外伝の外伝というこの作品についても例外ではありません。1巻こそ物語の立ち上げに少しもたついてる感はありますが、2巻以降は超電磁砲本編の裏の話として、スムーズに展開しています。

 中心的な主人公は、レベル5の第5位、食蜂操祈の派閥に属している、レベル4の帆風順子。本編でも食蜂さんの側にいることが多いので、わりと出番があります。能力が身体強化系なので、戦闘描写なども動きがあって楽しい。

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1巻より

 コマ割もいいのかな。戦いの流れの中に行動の意図の説明が織り込まれているけれど、それが流れを阻害してなくて読みやすいです。

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3巻より

 超電磁砲本編を読んでないと物語の意味が十分にはわからないと思いますが、第3期のアニメーションで描かれる範囲の裏の話なので、本編を補完しつつ、特に食蜂派閥のあれこれを知ることができるのでおすすめです。

天野こずえ『あまんちゅ!』

 アニメーションでは見ていたのだけど、原作未読だったので年末に大人買い。しかるのちに、お正月に一気に読みました。面白かったー。『ARIA』も読みたいなとは思っていたのだけど、電子書籍にならないかなとぼんやり待つこと幾星霜。先に電子書籍になったこちらから読むことになりました。

 直前に『銀の匙』をこれまた一気に読み直してたこともあって、両者とも「高校時代」の時間の移り変わりが描かれている点で振り返ってみれば似ています。『あまんちゅ!』は14巻まで読みましたが、ここで1年生として入学した「てこ」と「ぴかり」がついに3年生に。季節が二巡りしたことで、卒業していく人、入学してくる人、と変化していきます。

 特に2年生~3年生編は、てこがある程度成長したこともあり、視点がぴかり側や後輩になるエピソードが多くなっていて、シリーズ前半ではわりと盤石のように見えていたぴかりの脆さみたいなものに焦点が当たることが増えてきたでしょうか(てこの中学時代の友人に出会うところなどで、その脆さの一端は見えていたわけですが)。修学旅行の迷子とか、2年目のクリスマスとかは特にそのあたりが顕著。

 読んでいて思うのが、見開きを使って色々な「二人」を対比するのが面白いな、ということ。

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8巻

 ここはてことぴかりの反応の違いがよく出ていて、でも、これ少し後のページで反転する。この他にも──

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10巻

 こっちはぴかりと妹のこだまの対比。

 とにかく、こういったコマ割りが楽しい作品なので、見開きで読むのが一番だと思う。その点では、電子書籍の場合は大きな画面で読んだ方がいいのだと思います。

 てことぴかりの卒業を描いてシリーズが終わるのかな、と思うので、連載中に間に合ってよかった。楽しみに新刊を待つ作品が増えました。

『響け! ユーフォニアム』

 2019年を大きく印象づけたのは5月の10連休で、あの、なんだかぽかんとした日々の中で「中で本が読める車を買おうかな」とか、そういうことを私は思った。これまで、明確な意志で車を買おうと思ったことはなくて、適当な中古車に乗ってた私にしては、それは珍しい欲望の形だ。

rouble.hatenablog.com

 その10連休で読んでいた本が『響け! ユーフォニアム』のシリーズだった。電子書籍をずっと待っていたんだけど待ちきれず、今年になって『誓いのフィナーレ』を見たことでもう我慢できなくなり、紙の本を集めた(そのうちの1冊はどこもかしこも売り切れで古本屋を探したりしてしまった)。

 合わせて、テレビシリーズのBlu-rayも全て買い集めた。5月から6月にかけてずっとそんな感じで、そのことは日記にも残っている。

rouble.hatenablog.com

 テレビシリーズのBlu-rayを集めたのは、本編を見直したかったというのもあるけれど、コメンタリーが入っているからというのもある。キャストコメンタリーとスタッフコメンタリー。特にスタッフコメンタリーは、楽器の映り込みがどう作られたかといった話や、取材の話などがたくさんあって、面白い。



 うーん。ここまで書いて、この続きを書くのが難しい。Twitterで少し触れたくらいで、何を思ったのかを外に出す言葉として表したことがなかったからだろう。

 とりあえずの事実として、コメンタリーは途中までしか聞いてない。原作の最終巻も、購入してから読むまでにかなり時間がかかった。

 それなりの時間が過ぎたから、それはもう起こったこととして思うことができるけれど、7月から8月にかけてはふわふわとしていて、もしかしたら夢だったんじゃないかなと本当に思った。そんなことが本当に起こると思っていなかった、という言い方は安っぽい。なんでそんなことが、ということでしかない。

 声を聴いていた。作品について楽しそうに語る声を。あの人たちに降りかかったこと。今、どう過ごされているのかということが気になってしまうのは、好奇心なのかもしれなくて自分の心がよくわからない。『誓いのフィナーレ』のディスクには、コメンタリーは入っていない。

 まったくまとまってはいないのだけど、来年になったら、残ったコメンタリーを聴こうと思う。