原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

『true tears』

true tears Blu-ray Box

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 ニコニコ生放送の一挙放送で見ました。プレミアム会員なら、一週間は予約していなくてもみることができます(ニコニコアニメスペシャル「true tears」一挙放送 - ニコニコ生放送)。

 見ているあいだ、「最初にどうやって見たんだったかなあ……」ということが思い出せないでいたのですが、過去の日記を読んでいるとちゃんと感想を書いていました。2009年はじめごろに見ているということは、リアルタイム視聴ではなかった模様。というか、2009年ごろって、公式配信とかなかったので、リアルタイム視聴はかなり困難だったのでした。隔世の感があります。

 で、過去の日記を読み返してみると思いの外しっかり書いてた。いまこんな感想書けないんじゃないだろうか、という気がしないでもない。

 このアニメーションにでてくる登場人物たちは、どこか記号化──キャラクター化を拒んでいる。彼らは時に“それはひどすぎるだろう”とか“それはあざとすぎるだろう”という行動を取りますが、それらを含めて人間として生きている、という感じがする。“愛される”ためのキャラクターではなく、ただ、自分の思いを持って生きている、というのは、アニメーションにおいては貴重なことなのだろうと思います。

 一気に見通してみるとけっこう疲れるアニメーションなわけで、それは「修羅場」の連続だから、ということでもあるのかもしれないけど、この物語の「修羅場」って、それ自体のいたたまれなさはあまり感じないところがあります。見ていて、逃げ出したくなる感じの修羅場ではない、というか。なんでだろうか。
 一方で、登場人物たちはなかなかまっすぐ動かない、というか、それぞれの思惑で動いていくことでがんじがらめになっていくので、そのことに疲れていく、という感覚はあるのかなあと思いました。

 “仲上眞一郎”と“湯浅比呂美”との恋愛が、成長譚になっていないことです。“石動乃絵”との恋愛(あるいは友愛)は、“絵本を描く”“踊る”などの達成を主軸として、成長譚として成立しているのですが、“湯浅比呂美”との恋愛は、徹頭徹尾恋愛でしかない。“仲上眞一郎”は、物語の開始時点から“湯浅比呂美”のことが好きであり、また、“湯浅比呂美”も“仲上眞一郎”が好きである──つまり、この物語は、お互いがお互いに“ちゃんとする”だけの物語にしかなっていないのです。

 ゆえに、この物語が終わったのち、“石動乃絵”は確かに成長しているようにみえるのですが、“湯浅比呂美”はそれほど成長しているようにはみえない。成長譚の主人公としては、“石動乃絵”(と“仲上眞一郎”)が位置づくのではないかと思います。

 今回改めて比呂美は成長してないなあ、というか、物語としては、気持ちを封じなければならない、という縛りが取り外される、というのが比呂美と眞一郎の話であって、何度も繰り返し回想される過去のお祭りの時点でもう終わっていると改めて思いました。

 当時の日記にも「“仲上眞一郎”と“湯浅比呂美”は、そのうちうまくいかなくなるんじゃないかな……と思える」とか書いてるけど、今回もそれと同じことを思いました。あの2人は2人でいることで、なにか得るものがあるのだろうか。いや、別に何も得なくてもいいのだろうけれど。

TVアニメ「true tears」ドラマCD

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