原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

中村航『年下のセンセイ』

 年下のお花の先生(のお手伝い)である透と、予備校の職員であるみのりの、2人の視点を交互に描く恋愛のお話。中村航らしいと言ってしまえばそれまでなのだけど、いつもの文体には安心する。

 冷たいビールはいつだって二人の味方だし、皮がぱりぱりで甘辛でスパイシーな手羽先はビールの味方だ。味方の味方はもちろん、二人の味方ということになる。(p.159)

 中村航の文体は、言葉の選択がいい意味で平凡なところに特徴がある。個々の語彙は、徹底して普通だ。たとえば、上の引用部にしても、手羽先の形容として「ぱりぱり」「甘辛」「スパイシー」は個々の語彙としては陳腐だろう。けれど、その陳腐な語彙が丁寧に積み重ねられ、世界を描くところにその特徴はあるし、それは(これまで読んだ限りでは)どの物語においても変わらない。叶うならば、そういう語彙で世界を整理してみたいと思うような、気持ちのいい文体だ。

 ただし、この文体はどちらかといえば、語り手の「調子のよさ」を表現するところがあり、物語の中で登場人物がぐっと落ち込むと鳴りを潜めるようにも思う。『年下のセンセイ』が面白かったのは、前半では、年齢の割に泰然としたところがあり、およそ20歳とは思えないセンセイが、後半に、あのセンセイはなんだったのか、というくらいにぐじぐじするところにあるのだけど、そこでは文体も一緒に落ち込んでいく。その落差は楽しい。

 にしても、落ち着いた映画の原作になりそうな作品。観てみたいようにも思う。