原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

長嶋有「Mr.セメントによろしく」(『文學界』2017年1月号)

 プラモデルを最後に作ったのはいつだっただろうか、と思い起こそうとして、さっぱり思い当たらないことに気づく。おそらく小学生くらいまでさかのぼってしまうのだと思う。ひとつ思い出したのは、小学校のときの「クラブ活動」*1でプラモデルを作ったことで、簡単なのを選びすぎてすぐに終わってしまったのだった……。見通しを持てない子どもだった自分を思い出してつらい。

 短編「Mr.セメントによろしく」は、プラモデルを作る小説なのだけど、このわずか11ページの中にいい時間が流れていて、ひゅーってなった。特に「徐々に情報が公開されていく」ような書き方になっているからか、「あ、それそういうことか」という納得が後から来るのが楽しい。

 たとえば、冒頭は「爪切り」の話から始まる。一人称の主人公が、爪切りについて云々していて、それに対し、「いいよ、こっち使って」と「立花マリ」という人物が、未開封のニッパー(2600円)を渡してくれる。

 「プラモデル」という枠組みがあれば、「あ、プラモ作るのに使うってことか」とわかるけれど、まだその枠組みは提示されていないので、ここで私は「え、爪をニッパーで切るの」って思っていた。また、一人称の主人公の性別やマリとの関係もわからないので、友達なんかなー、どうかなーと思っている。

 やがて、どうもプラモデルを作ってるらしいということがわかり、「そういうことか」と納得する。しかし、どうもこの二人は……という感じで、いいでしょう。楽しいでしょう。

 主人公はプラモデルを作ったことがない人で、その視点からみる世界も楽しい。主人公はバイクのプラモデルを作ろうとし、マリはオスプレイのプラモデルを作ろうとする。

オスプレイ!」その名はたしか、普天間基地で反対運動が起こっている、悪の象徴のようなものだったはず。
「私、前から、オスプレイかっこいいって思ってたんだよね」
「へえ」そんなことを思ってたのか。
「だってさ、これが、」マリは両掌を上にかざして回転させた。
「こうだよ、こう」その両掌を垂直に横に倒して前に突き出した。これがこういといわれても、よく分からない。ずっと生真面目な表情だったせいもあり、ヘリコプターというよりは『ハリー・ポッター』とか『ロード・オブ・ザ・リング』に出てくる老魔道師が。渾身の魔術の技を放ったみたいで面白かったのだが、言わなかった。
普天間基地は日本にとって難しい問題だろうけど、少なくともメカに罪なし」格言のようなことを言い、毅然と奥に持っていった。(pp.170-171)

 接着剤のところの話も面白い。あと百式の話も。

 久しぶりに模型屋さんに行ってみたくなりました。

*1:任意参加ではなく授業時間に行われるもので……あれなんだったんだ?