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原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

『思い出のマーニー』

 結構前に観たのですが、記録として。

 物語としては、面白……い……? みたいな感じで、そこまでがしっと心を掴まれる感じではありませんでした。後半、ちょっと解説しすぎじゃないかなあ、という印象。杏奈とマーニーとの関係はぼかしてもいい部分だったと思います。

 よかったと思うのは、これは『借りぐらしのアリエッティ』のときもそうだったのですが、家の描写です。特に杏奈が夏休みの間を過ごすことになる海辺の家は、中をもっとじっくりみたかった。江戸東京博物館でやってる「思い出のマーニー×種田陽平展」に時間があったらいこうかなあ、と思ってたんですが、展示のメインはどうも「湿っ地屋敷」の方みたい。うーん、そっちもいいけど、海辺の家の方が見たかったなあ。

 ジブリの月刊誌『熱風』の8月号に、音楽を担当した村松崇継さんお文章が載っていて、そこで海辺の家=大岩家の音楽のところに、次のような指定があったことが書かれています。

 大岩家の曲のところに「すごくあったかくていい人のお家に来たけど、しょせん人の家」「ここに私の居場所はない」というようなことが書かれていたこと。温かく迎えられても、それだけではない。杏奈という少女の閉ざされた気持ちを思ってハッとしたのを覚えています。

 たしかに、杏奈はあの家での生活自体を楽しんでいるわけではなくて、その心は湿地の方にありました。その意味では、あの家は観客(=我々)にとっては目におもしろいものだったけど、そのおもしろさも杏奈にとっては強い意味を持つものではなかった、というところがギャップとしてある。

 音楽にはあまり意識を向けていなかったので、もう一度見るときには(たぶんテレビだろうけど)、気をつけて聞いてみたいと思います。