ほぼ日でいま連載している「じぶんの家。 - ほぼ日刊イトイ新聞」がおもしろいです。ほぼ日については見たり見なかったりなのでさほど詳しいわけでもないのですが、ゲストを迎えつつも糸井さんがいない座談会というのは、あまり見たことがないかもしれない……と思ったんだけど、意外とそうでもないかも。
おもしろかったのはこのあたりの話。
大豪邸に住んでいつも自分の部屋があって、
じぶんの家。 - ほぼ日刊イトイ新聞
みたいな住まい方をしてきた人と、
家族で協力し合うとか共有し合う住まい方を
してきた人とでは、
住宅のリテラシーがすごく変わってくるわけですよ。
住宅のリテラシーがちがう、というのは結構気がつきにくい(であろう)部分でおもしろい。自分のことをふりかえってみると、ほとんどエアコンをつかわない家だったので、今にいたるまでエアコンはヘビーには使わない、という住み方になってるし(もう十数年は実家から離れているのに)、家の中で勉強時以外に「椅子に座る」という文化が身についていない。いそいそと座椅子を買ってしまうわけです。
人によってはダイニングにテーブルを置いて、みたいなのが当たり前って育ち方をしているんだろうし、そういう家の作り方もあるんだろうなあとは思うのですが、もう染みついたリテラシーはなかなか塗り替えられないのですね。
で、この当たりの話って、「自分が普通」と思ってしまうところがあるので、意外とずれてることに気がつかない。たぶん、私の過ごし方もどこかでは「すごく変」なのかもしれないけれど、人から指摘でもされない限り気がつかないのでしょう。ここらへん、前にどっかで読んだ「トイレの個室での過ごし方は共有されない」という話も同じかも。
話の中では結婚したときの話、とかそういうところにも話が展開していて、住まいを考えるというのはおもしろいなあと思いました。つい載せられてゲストの光嶋さんの『みんなの家。』という本を注文してしまったので楽しみ。写真がたくさんあるといいなあ。