原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

「ハルチカ」シリーズ その1(『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』)

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 P.A.WORKSによってアニメーション化されることが決まっている作品です。吹奏楽ミステリ……といっても、吹奏楽自体がミステリに絡む、というわけではなく、主人公コンビが吹奏楽部に在籍し、その活動を進めていく中で色々な謎に出会っていく、という構成。吹奏楽はメインではないです*1

 よく言われているようですが、雰囲気は「古典部シリーズ」(『氷菓』など)にも似ています。ただ、語り手になっている主人公の片割れ穂村千夏(チカ)の語りが軽妙なので、若干コミカル寄り。

「この吹奏楽部の恥さらしが」
 わたしはハルタの胸元をつかんで激しく揺さぶった。がくがくと茎が折れたひまわりみたいに、ハルタの頭が前後に揺れた。それでも枕を離さない。
「なんでチカちゃんがここに──」
「爆弾持ってこい。あんたを殺してわたしも死ぬ」(1巻)

 とはいえ、起こる事件は殺人でこそありませんが、それなりに重たいものです。

 事件を解決するのは、主に主人公コンビのもう一人、上条春太(ハルタ)。まれに主人公2人の片思いの相手である吹奏部の顧問、草壁先生も。草壁先生はわりと無敵系というか、失敗することもあるハルタの上位互換みたいになってます。かつて国際的な指揮者として期待され、しかし何かがあって挫折している、という経歴は、どことなく同じ吹奏楽を題材にした『響け! ユーフォニアム』の滝先生を想像させるかも。ただ、滝先生とは異なり「吹奏楽だけが人生ではない」生き方をしてほしいと部員に思っているふしがあり(それはもしかすると自分自身の過去に関係しているのかもしれませんが)、部活動の時間を制限することも。アニメ化されたら比較されそうですね。

 草壁先生には若干気になる描写も。これは、ある事件で「刺青」が問題になったときの話。

 ハルタの沈んだ声はつづく。
「……自分の中でもやもやしている部分があるんです。刺青のどこがいけないのかって」
 わたしも思った。刺青をすることが社会的にどう悪いのか、それとも本人の自由で済まされるのかが判断できない。いまどきのファッションの一部として「タトゥー」という言葉に置き換えて刺青を入れているひとだって多い。
「教育者の立場として、ひとつだけ確かにいえることがあるよ」
 草壁先生がいい、わたしとハルタとカイユは首をまわす。
「見たくもない他人の目に触れることは問題だ」(2巻) 

 このあとのハルタの反応。

 ハルタは大河原先生が去っていった方向を見つめていた。長い間、見つめていた。なにかをいおうとして、その口を弱々しく閉じた。

 ここ、明らかに草壁先生が間違った場面。「見たくもない他人の目に触れることは問題」という論理は、容易にマイノリティの抑圧につながるわけで、少なくとも「教育者の立場として」言っていいことではありません*2ハルタの反応は、「草壁先生に片思いをしている」という、草壁先生には気づかれていない(?)感情のことを意識してのこと、とも読めます。彼の感情は、ヘテロの人にとっては「見たくもない」ものかもしれなくて、それを当の草壁先生の口から聞いてしまったことはショックでしょう。

 1巻と2巻では物語はまだ序盤。吹奏楽部の仲間集めが進んでいきますが、3巻からはいよいよ夏の大会が始まります。
 

*1:アニメーションではこのあたり変えてくるのかも。わざわざ『TARITARI』の監督ですからね。

*2:伏線かもしれない。