原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

Windows98日記

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 ここ数年ほとんど起動させることのなかったWindows98機を処分した。まだちゃんと起動するみたい。

 4年前まで、ノートPCはこれしか持ってなくて、文章を書くときのメイン機はこのWindows98だった。セキュリティとか!と思うけども、ネットにはつながずに使っていたのです。ほぼワープロ状態。6年間にわたる文章は、このPCで書いたのだった。一太郎2005くらいまではインストールしてたはずです。よくインストールできてたな。

 別に色々な感情が去来する、というわけでもないのだけど(むしろ、それから4年でPCとか買いすぎだという事実におののくけれど)、よくがんばってくれたなあ、とは思う。写真には写ってないけれど、液晶を支える端っこの方とかは破損してて、ガムテープで止めて使っている状態だったのだった。マウスもつなげにくくて、おかげキーボードショートカットを中心になんとかする癖がついた。

 このPCの前はそれこそワープロ専用機を使ってたんだけど、これはどこのタイミングで捨てたのかあまり覚えてない。感熱紙とかなつかしい。3枚印刷するのに30分かかるとかいう驚きの仕様で、「印刷するからちょっと仮眠しよう」とかしてたのでした(プリンター一体型だったというと、ワープロ専用機を知らない人はぽかんとするのかもしれない)。思い出してみると、電源を入れたら、常に編集中のファイルがすぐに表示されていて便利だった。ポメラとかそんな感じなのかも。そのころ書いた文章は電子的にも残ってないと思うと、機械の変化というのは儚いですね。

 それでも、人によってはルポ(ワープロの機種名)を今も何台か家にキープしており、死ぬまでこのワープロを使い続ける!という人もいるそうなので、すでに時代の徒花的な機械として認識されてるような気もしますが、それでも徒花の時期になじんだ人にとっては、それが一番のものとして存在しつづけるんだろうなと思います。