原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

『パレード』

原作はずいぶんと昔に読んでいましたが、詳細については忘れていました。おもしろかったけど、最後こんなに不気味な終わり方だっけ、と動揺しなくもありません。こわいよ。


共同生活というのはそれだけで面白いですが、ほとんどの共同生活ものって、たいてい「終わり」に向かう過程として描かれてしまって、本作でもそれは例外ではなく残念……なのは、やはり「家族」以外の共同生活はいつか終わるもの、というのが今の社会での通念でもあろうし、あるいは、共同生活というものが、なにかしらの「青春」的なものについての比喩として描かれがちだから、ということもあるのかなあと思いました。そろそろ終わらない共同生活がみたいなあ、とは思いますが、あるのかなあ。あったらみてみたい。


去年は全然映画をみていなくて、頭の構造が少し変わってる感じもしましたが、久しぶりに映画をみると、相変わらず部屋に浸食してくるような映画の雰囲気は好きだなあと感じます。今年はもうちょい映画をみたい。○○したい、ばかり言ってますが、具体的に生活をデザインしないと難しいですね。いい加減、もう少し定期的に日記を書きたいんですよ!


で、色々と感想を見て回ってみると、やはり最後の不気味さに触れる感想が多くて、そうだよねー不気味だよねーって思いました。しかし、あの不気味さは何なのだろう。すぐに言葉を与えてあれはこういうことだよ、って言うこともわりと簡単にできるとは思うんですが、それだけで言い切れるものでもないとは思う。空気読めよ、ということだけでもないのだろうしうんぬん。


隣の仕事について、原作で出てきたかどうかは覚えてないんですけど、やや違和感を覚えないではありませんでした。監督文脈でいうと、座礁クジラ的なサムシングなんだろうか。