原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

三浦しをん『舟を編む』

 タイトルからはすぐに内容をうかがうのが難しいですが、「辞書編集部」の話です。読んだあと、辞書を読みたくなる、そういう小説でした。

 全5章で構成されていますが、それぞれの章の視点人物が異なっていくタイプの語り方をしています。途中、長い時間が過ぎるんですが、時間が過ぎたときに最初それとわからなくて、「あれ? 年齢こんなだったっけ……」としばらく戸惑い、ああ!と気付いたときがおもしろかったです。

 そういうことが起こることは、「辞書を作る」という話であることを考えれば、容易に想像できるはずなんですが、しかし、できなかった。その理由についてしばらく考えていたんですが、ようやく「最初にケータイやパソコンが出てきたから」ということに気付きました。つまり、「時間が現在(2011年)より先に進むとは思っていなかった」。

 特に好きだったのは第三章で、この章の視点人物は「西岡」という、辞書作りにはさほど情熱のない「チャラい」人物として、それ以前の章では語られていて、視点人物になるこの章でもそれは同様なんですが、しかし、彼の持っていたぼんやりとした悔しさが浮かび上がってくる。その過程がよかったです。

 痛みを感じるほどの速度で、熱の塊が西岡の喉を上ってきた。

 あの熱の塊ってなんなのでしょうね。感情はつくづく物理現象だと思います。