原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

身体の記憶

先日、なんだか左手がむくんでいた日があって、なんだか関節とか動かしにくいなーって思ってたら唐突に以前に手がぱんぱんにむくんでいた時期があったことを思いだした。思いだしたが、その記憶はあくまでも体感的な感覚がよみがえってきただけのことで、それが高校のころだったのか、あるいは、もっと前なのか、それとも、大学入学後のことなのかさっぱり思い出せない。病院に行ってたのかどうかも、全然覚えてない。
そんな、頭がすっかり忘れてることも身体の感覚としては残ってるものだなーというのが面白かったと同時に、しかし、この記憶について知ってたかもしれない人がもういないことを思う。「前に手がむくんだことなかったっけ」って聞くことができる相手がいないというのは、これまで生きてきた足跡が、すうっと暗い闇の中にでも溶けてしまったような気がして、少し不安になる。
日記というのは、死者に対して書かれるものではないか、というフレーズがふわりと浮かび上がってきて、それはなんということもない思いつきなのだけど、なんかそういうふうに思いながら書いてもいいのかもしれないと思うくらいには、消えていった記憶を惜しく思うし、こうやって日記に書いておけば、記憶をなくした記憶くらいは残るかもしれないと思うのでした。