原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

アンディ・ウィアー『アルテミス』

 結構前に読んだのだけど、感想を書こうと思って書いてなかったので少しだけ。

 月面都市「アルテミス」を舞台にしたSF作品。解説によると、この都市を舞台にした別の作品の構想もあるようなので、世界観を同じくする作品群のひとつになるのかも。

 私はSFをあまり読まないので、この作品がSFとしてどうなのかはよくわからないのだけど、主人公であるジャズの一人称で展開される物語は、徐々にその過去や人間関係が見えてくる面白いものでした。なんでこの人はジャズとこういう関係なのだろう、ということや、ジャズが何の仕事を何のためにしているかということ。酸素に関する設定とか、そういうのもよかった。ジャズは月面都市のあちこちを動き回るので、その動きによって、私たちは「アルテミス」の各所を巡ることができる。

 何よりよかったのは、ジャズの一人称の常体と敬体の使い分け。私は、どうもそのスイッチに弱い。

 落ち込んでいる時間はない。午後にKSC貨物機が着陸していたから、仕事にありつけるはずなのだ。
 説明しておきます──〝午後〟というのは太陽がきめているわけではない。ここでは〝正午〟は二八地球日に一回あるだけだし、どっちにしろ目で見てわかるわけではない。
 (『アルテミス[上]』)

 『火星の人』がそうだったように、この話もまた、いくつもの計算違いのことが起こる。『火星の人』とちょっと違うとすれば、人間関係の味つけが濃いというところだろうか(何しろ『火星の人』は火星に一人っきりだったのだから)。結果的にこの物語が落ち着くところは、かなりありふれた物語なのだけど、そのありふれた物語が徐々に姿を現すところがよい。一度最後まで読み、そしてもう一度読めば、たぶんジャズの語りの巧みさが読み取れるんじゃないかと思います。