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原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

日帰り旅行日記

 先日、珍しく日帰り旅行にいった。私はあまり旅行をしないタイプで、どこかにいってるときは大抵出張のついでであることが多い。今回も「旅行をしよう!」ということではなく、参加したいイベントがあったので、そのついでに旅行みたいになったのだった。

 そのイベントはTwitterで告知された瞬間に、「行きたい!」→ スケジュール確認 → 「行ける!」 → 予約 → 月末の締め切りを思い出す → キャンセルしよう → できない →「あああああ!」という流れで行くことになったもので、直前まで「どうしよう……」と思ってたのだけど、結果的には大正解でした。

 日帰りといっても、行くだけで5時間くらいかかるので、当日の朝6時出発、現地11時到着、その後イベントは夜19時から、そして夜行バスで帰ってくる、という流れで、正確にはバスの中で一泊してます。が、眠りは浅かった。仕方ないね。

 で、旅行先は結局のところ実家のある県で(それ旅行じゃなくない?)、しかし実家に寄る時間はなかったので、旅行のようになったのでした。イベントに参加する以外の用事もなかったので、11時について食事をしたのち、のんびり映画を見たりした。熱血篇です。原作のときから思ってたけど、このころの羽川さんキャラ違うよね。

 映画を見る直前に、イベントまでどうしようかなー本屋かなーとか思ってたのだけど、ふと、「そういえば卒業以来高校のある町に行ってない」ということに気づき、電車を乗り継いで移動。15年以上ぶりにその町へ行ったのでした。以降はその回想録です。

 15年以上、という年月は、すごく長いのだけど、(まだ)記憶の摩耗を招くほどではなくて、なにしろ高校3年間通い続けたのだから、駅についてから階段を降りる流れは、身体に染みついたものだった。思えば、高校以外は電車を日常的に使わない人生になっている。そのことも、高校のころに使っていた駅の記憶をよく保存させているのかもしれない。

 その駅で使っていた出入り口は二つあり、そのうちの一つを通る。高校のころは朝が早かったので*1、駅ビルの中を通ることになるその道は、朝は使えなかった。当然だけど、ビルの中のお店はもうほとんど変わっている。ここはゲーム屋さんだったんだよ、と思いながら、100円ショップの脇を抜けて外へ。

 駅の外の風景は変わらなくて、でもそれはビルの形だけだった。形はそのままにお店はかなり入れ替わっていて、そのまま、という店の方が少ない(コンビニエンスストアさえも)。吉野屋はそのままだけど、アイスクリーム屋さんもないし、TSUTAYAもないし、カラオケ屋もないし、薄暗い古本屋もない。素直に15年ってすごいなと思った。

 高校まで歩き、校門の様子を見たり、門の中から聞こえてくる高校生の声(夏休み中だけど体育祭の練習の声で賑やかだった)を聞く。門の外から見える学校のシルエットは、15年前と変わっていない。学校の近くにある雑貨屋兼本屋もどうも変わっていない。そのとき、「あ、ここ古典部シリーズ読むときに思い浮かべてたな」ってことを思い起こした。ホータローたちが、部室にいながら推理をする話。あの話の中に出てくるお店を、私はその雑貨屋としてイメージしていたのだった。それだけではなくて、たぶん物語の中に出てくる学校のイメージは、多かれ少なかれ、自分の通った高校をベースにしているのだった。

 そのせいだからだろうか。あまり高校は懐かしくはなかった。記憶のままだった。

 思い返すと、実家の周りを散歩して、子どものころに歩いていた道を歩き直したり、そういったことをすることが好きだ。多くの人は好きなのかもしれない。それは「懐かしい」からというわけではなくて、変わってたり、変わっていなかったりすることが面白いからなのだろうと、今回のことでちょっと思う。時間がそれほどなかったので、「あの道通りたいな」と思いながら通らなかった道もあったのだけど、また今度通ればいいやと思いもした。

 不思議に感じたのは、そういう場所に(ほぼ)日帰りで、しかもついでのように来ることができたことで、いつもの現実の隣にこういう時間があるんだな、ということが面白かった。いい休日でした(平日だったけど)

遠まわりする雛 (角川文庫)

遠まわりする雛 (角川文庫)

*1:6時40分くらいには学校にいた。驚くべきことに早くいって自習をしていたのだ。なんなのこの人。本当に私なの。あ、ラッシュを避ける意味もありました。