原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

『たまこラブストーリー』

 見たい見たいと思ってたですが、ようやく見ることができました。色んなところの感想をやっと読むことができて満足。おもしろかったです。

 テレビシリーズである『たまこまーけっと』については、2つの日記を書いていました(「『たまこまーけっと』 - 原子メールの届いた夜に」「『たまこまーけっと』(完) - 原子メールの届いた夜に」)。読み返してみると、それなりに面白さは感じつつ、退屈さもあるような受け取り方をしていたのかなあ、という感じ。

 2本目の日記で書いていた次のくだりは、『たまこラブストーリー』を見た今考えると部分的には叶えられたようにも思いました。

 『たまこまーけっと』は、変化を嫌うアニメーションなのだろうか? ということにはすぐに答えが出そうにないのですが、同じスタッフが作った『けいおん!』(特に二期)をおもしろいと感じていたのは、その「変化を嫌う」(=終わりたくない/変わりたくない)空気に、確実なタイムリミットが忍び寄っていたからだったように思います。それに対して、『たまこまーけっと』にはほぼ「タイムリミット」がなくて、最終回あたりの「お后騒動」はその役割を果たしていたかというとそうでもない(「確実」なタイムリミットではないし、視聴者はほぼ「ない」と思ってしまっているから)。個人的にはそのあたりがちょっと退屈だったのかなあ、という気もして、むしろ二期があるならば、主人公達の「卒業」が見えてくることでタイムリミットのある話になるのかなあ、とも思うのですが、それはただの『けいおん!』の焼き直しにしかならない、という可能性もあります。

 『たまこラブストーリー』は、もち蔵が「卒業後に東京にいく」ということを示唆することでタイムリミットを感じさせつつ(そして部活も引退の気配が漂いはじめ)、もち蔵の告白によっていやおうなしに「変化」が引き起こされる物語でした。後半、ひたすら動揺しつづけるたまこが見られたのは、映画になってよかったなあ、と思うところ。一本目の日記で引用している「揺らぐことのない「たまこナショナリズム」」が揺らいだ話だったわけです。

 一方で、テレビシリーズからずっと、ひとりで色々な役割を抱え込まされているみどりさんは映画でも大変そうでした。このあたり、今日公開されたインタビューでも触れられています。

―――みどりちゃん、最初の方ではもち蔵に「告白されたら、たまこは困るよ」みたいな事を言っておきながら、あおって告白させるような事も言ったり。そのアンバランスな言動も切ないというか……。
山田 すごくデコボコしてるというか。思春期のトゲとかを全部彼女が担っているというか。女の子くささみたいなものがすごくある子で、すごく湿度が高い。その湿度の高さがみどりのチャームポイントだと思います。暗くて。鋭くって。でも明るくって。そこが魅力的なんです。
―――一つの感情の中でも、表裏がよく分からないような。
山田 そう、分かんない。分かんないんですよ。でも……。
―――嫌な子には見えないんですよね!
山田 そうそう! 絶対、嫌な子には見えないようにって事も大事にしました。

京都アニメーションの新たな代表作「たまこラブストーリー」ロングランの秘密。山田尚子監督に聞く1 - エキレビ!(1/5)

 みどりさんの感情はテレビシリーズでも明示的ではない描き方に(もち蔵とくらべると)なっていたように思うのですが*1、それは映画でも同様です。ラスト付近のもち蔵への話しかけ方はとても好き。

 続編はないんだろうなあと思いますが、この状態の続きを描くとすればどう描くのかなあ、という興味はあります。

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*1:彼女の感情は劇中の人物の誰にも理解されていない……はず。ただ、テレビシリーズの記憶は曖昧です。