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原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

日が長くなってきて

断片記

 日が長くなってきてることは何度か認識していたのだけど、今日、夕方の6時に外に出て、外がまだ明るい(というか白い)ことにおどろいた。少し前までは「うっすらと明るい」くらいだったのだけど、今日ははっきりと夕方。

 日が長くなったり、短くなったりというのは、なんかわけもなくうれしい。そういった季節の変化が仮になかったとして、それはどういう気分になるのだろうかとも思う。SFなどに出てくる宇宙コロニーなどは、四季の設定があるのだろうか。それのあるとなしとで、人の生きていくリズムは変わるのだろう。季節の変化がほとんどない土地も、地球の上にはあるはずだけど(それでも現地の人にとっては何かしらの変化はあるのだろうか?)

 しかし。ふと思うに、「日が長くなってきたねえ」ということを感じられる“流れ”は、せいぜいが多くて80回程度しか体験しないわけで、それは「実は夏って80回しかこないんだよ」ということをふと思い出したときの、とりかえしのつかなさ……というわけでもない、「ああ、そうかあ……」みたいな、はかなさ、でもなくて……ぼんやりとしたこわさみたいなものなのだけど、それを今日も感じた。

 最近、いくつかの訃報に接して、いつか自分がふっといなくなる、というそのときが、明日にも来るかもしれないし、当分こないのかもしれないし、それはわからないのだけど、怖い、というのでもあるし、でも、なんというか、ところてんみたいに(とよく使う比喩のわりにはところてんができるところを見たことがないわけだが)、私たち全体がゆっくりと「いなくなる」方向へ流れていて、でも、後ろには新しい人たちも生まれていて、みたいなことも思って、自分もだいぶ流れてきたなあ、というようなことも思いました。