原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

充電のある生活

モスバーガーでMacBook Air(注:ノートPC)で仕事をしていると(注:ノマド)、電源を使いますか? と店員さんに声をかけられた。いえ、使いません。というか、アダプター持ってないですよ! と思ったけれど、声をかけてもらえると使いやすいんだろうなあと思った。盗電になるのかな……ってどきどきしなくていいですよね。そして、すでに盗電を変換できるようになっているATOK。以前、iPad(注:タブレット)を使っていたときにも同じように声をかけられたのだけど、これがiPhoneだとたぶん声をかけられないだろう。声をかけられる境界線はどこか。

ところで、現代の生活にはいたるところに充電という行為が潜んでいる。ケータイにしてもそうだし、ノートPCもそう。タブレットもあれば、ヘッドフォン(無線)もそうだし、モバイルルーターもそうであれば、モバイルキーボードや持ち歩き充電器、持ち歩かないものであれば、マウスやキーボードもそうだ(注:エネループ)。しかし、思い起こしてみれば、子どものころはこんなに充電するものは生活の中にはなかった。唯一覚えているのはミニ四駆ニッカド電池だったが、しかし、あれは結局買ってない。ゲームボーイも持ってなかったのだけど、あれって確か単三電池だったのではなかったろうか。単三電池でゲームが動いてたってすごいですね。

最近は、非接触型の充電方法も増えてきてるみたいなので、将来的には部屋の中に「充電コーナー」があって、そこにケータイもノートPCも上に書いたあれやこれやも置いとくことになるのかなーと思うと、それはちょっと面白い。そして、いつかは充電とか気にしないような生活になるのだろうか。