原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

電子書籍でページをめくることの意味

電子書籍に「ページをめくるアクション」(以下めくりアクション)が必要なのかどうか、という話題があります。例えば、次のようにそれを「無駄な機能」とみる意見も少なくありません。

「ページをめくる」という行為には、改善の余地があるのではないでしょうか。紙メディアの制約とは関係がない電子メディアで、なぜ「ページをめくる」ような設計をするのでしょうか? 妥当な理由があるのかもしれません。しかし、とくに無いのであれば、よりよい設計を模索することもできます。

http://zerobase.jp/blog/2010/06/post_84.html

確かにiBooksのめくりアクションはいまひとつスムーズな動きではなくて、こんなものならない方がいいな、と思うのですが、i文庫HDのめくりアクションは少しぺろっとめくったりできてすばらしい。以下、私が電子書籍にページアクションが必要だと思う理由を改めて書いてみようと思います。

次のページがやってくる予感を感じさせるものとしてのめくりアクション

紙の本を読んでいるとき、私たちはそのページの終わりに近づくにしたがい、次のページに移ろうとする構えを取ります。この構えは意外と重要で、熟達した読者ほど、この構えがあることで、本を読むリズムができているのではないか、と思えます。また、次のページに移る間の「わずかな間」も、リズムに関与しているようです。
質のよいめくりアクションは、この構えとわずかな間を電子書籍の読者に提供します。画面をタップして次のページに瞬時に切り替わるタイプでは、構えもわずかな間も生まれません(わずかな間を「わざと」発生させることはできるはずですが、それがただの空白の時間ならば「読み込みが遅い」という印象を抱かせるでしょう。文字がすっと消えて次のページが浮かび上がるようにしている電子書籍もありますがいまひとつです)。延々とスクロールしていくタイプは長文だと途中でうんざりしてきます(横書きならまだ耐えられますが)。おそらく読書には、どこか区切りが必要なのです。
これは紙の本に慣れてるからそう感じてしまうんだよ、という話かもしれません。また、これは「ページをスライドするアクション」(以下スライドアクション)でも当てはまる話なので、「別にめくらなくてもいいじゃん」ということにもなるでしょう。スライドアクションでは不足だ、ということを考えるために、次の理由をあげてみます。

視線の動きを楽にするためのめくりアクション

スライドアクションは、(これは私に限ったことなのかもしれませんが)視線の動きに負荷がかかります。スライドアクションでは、先ほど述べた「わずかな間」が生まれるわけですが、しかしこの「わずかな間」の時間、視線はついスライドしていく文字を追ってしまいます。そして、前のページがスライドしおわったあと、新しいページの冒頭を探して視線が動きます。これはきつい。
横書きならまだ良いのですが、縦書きの場合、基本的に視線は縦の運動をしています。ここにスライドという横の運動がはいってくるのはかなりきつい*1。めくるアクションの場合には、文字自体は固定して動きませんので、自然に次のページの頭に視線を動かすことができます。
この視線関係は、かなり個人差がありそうなのでなんとも言えません。が、私の場合、スライドアクションしかない電子書籍は読む気力が削がれます。


現状の電子書籍は、いくつかの種類のアクションから選択できるものが多いですが、これがこのまま維持されるとよいなあと思います。そしてできればめくるアクションを! というのが、しばらく電子化した本を読んでみての感想なのでした。
なお、以上のことはiPadでの感想なので、Kindleだとまた違うことを思うのかもしれません。


[参考]
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*1:と書いて気づきましたが、それなら縦にスライドすればいいんじゃないか……。おそらく横スライドよりはかなり楽なはずです。スライド方向の設定機能をください。