原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

芥川賞候補二作

結局今回は二作しか読めませんでした。しかも柴崎友香はすでに読んでいたので意識的に読んだのは一作! とりあえず二作の感想です。

柴崎友香「ハルツームにわたしはいない」

以前感想を書きかけたままPCを放置していたらWindowsが自動的に再起動してしまい心が折れてそのままになってました。表題にもなっている「ハルツーム」は、iPhoneの天気アプリの向こう側にある都市の名前。

アイフォンの長方形の画面に並んだアイコンの、太陽の絵をつついた。表示された東京の気温は二十五度だった。大阪も二十五度だった。ロンドン、フェズ、サンパウロ、カイロ、ソウル、台北、ハバロフスクヘルシンキ、那覇、旭川。画面をスライドさせて、登録した都市の天気と気温を確かめていった。ハルツームは、四十一度だった。うれしかった。

f:id:Rouble:20100715015135p:image:right:h200この「うれしかった」は、別にハルツームが暑くて、東京がそれに比べれば涼しいから──というわけではないだろう(長嶋有の『ジャージの二人』はそういう喜び方をしてたけど)。この小説の中では、iPhoneは限定的に使われているのだけど、その使われているアプリが「異なる土地」の天気を知ることができる天気アプリと「異なる土地」の様子を知ることができる地図アプリであることが面白い(共にiPhoneの標準アプリ)。
最近、柴崎友香の小説のスタイルはいくつかに分岐してきていると感じるけれど、この「ハルツームにわたしはいない」は、これまでの『その町の今は』などの、土地に根差した/根差していない感覚を描くものとして読めるように思いました。ただ、そんな中でも「主人公に評価されない」人物が登場してきているところが最近の他の作品とも通じている部分とも思えて、その意味でのわくわく度は減ってるかなーと思ってます。

広小路尚折「うちに帰ろう」

読んでいて何かに感覚が似てるな、と思ったら中村航の小説に少し似てるように思えたのでした。軽妙な文体に生活を描く内容。主人公の会話の仕方が似てるのかもしれません(「なんでって、交通事故だよ。小川君、バイク乗るんだよ。でっかいやつ。ロケットみたいなやつ。あれでどこかにぶつかったみたい。すごいスピードが出るからね、あれは、ぶつかったらひとたまりもないね」)。
主夫として過ごす主人公が、わりとひどい目に会う話なんですが、男性的な役割と女性的な役割がそっくりそのまま入れ替わらない──というところを描いているところがおもしろい小説でもあります。
主人公はある事情のために「お通夜に行ってくる」と嘘をついたりもするのですが、後で「明日が赤口だから、お葬式を二時からだといったのはまずかった」──みたいな、ピントの外れたところを心配するのも楽しかったです。