原子メールの届いた夜に

空き瓶に石ころをためていくような日記です。

ナンシー・スプリンガー『エノーラ・ホームズの事件簿』

エノーラ・ホームズの事件簿―消えた公爵家の子息 (ルルル文庫)

エノーラ・ホームズの事件簿―消えた公爵家の子息 (ルルル文庫)


 ナンシー・スプリンガーによるシャーロック・ホームズのスピンアウト作品。シャーロックの妹であるエノーラを主人公とする探偵冒険小説です。ルルル文庫はじめて買った。
 シャーロック・ホームズの兄と言えば原作ではマイクロフト・ホームズが登場しているわけですが、登場回数は確か二回で、あとは「最後の事件」あたりで話題にのぼっていたくらいだったので、ほとんどボーナスキャラというか、そういえばそういう人もいたね、というくらいなのですけど、このスピンアウトではすごく嫌な役でたくさん出てきます。そもそもシャーロックの第一印象も悪すぎる。
 このシリーズに流れるテーマには、同時代における“女性の立場”があります。たとえば次のとおり。

「母上は既に、おまえへの責任を放棄している」
 マイクロフトの声の調子が、バターナイフよりも、かなり鋭くなった。
「何かしらの才を身につけることなく、社会的品位にも、教養にも欠けるとなったら、おまえはどんな女性になる? 上流社会に入ることができず、結婚の見こみだって──」
「望み薄か、無きに等しい」
 わたしがあとを引きとった。
「シャーロックに似た外見を持っていたら、いずれにしろそうでしょうね」
 ずばり率直にいって、相手をぎゃふんといわせてやろうと思った。
「まあまあ、そう悲観することはない」
 ところがマイクロフトの口調はやわらかかった。
「この先変わっていくさ。あるいは努力で変えることもできる」
 頭の上に本を載せ、永遠と思える時間、同じ姿勢で座ったまま、ピアノを弾けば。そうやって拷問のような毎日を過ごす上に、さらにコルセットやバッスル、付け毛といった面倒な道具もしょいこめば──もちろん、そういうことはぜんぶわたしが頭のなかで考えたことで、マイクロフトの口からは、出てこなかったけど。
「おまえは良家の子女なんだ。少々磨きをかければ、われわれの恥になるようなことは決してないさ」

 このようにマイクロフトの頭の固さと言えばいらいらするレベルですが、これはシャーロックにしても例外ではなく(そもそもシャーロックは原作でも女性嫌いでしたけど)、また、主人公であるところのエノーラ・ホームズにしても、そこかしこで、自由になろうとしている「女性概念」から逃れられない場面が見受けられます。
 一巻において、エノーラは二人の兄のもとから逃げだし、以後ロンドンで見つかりそうになったり見つかったりの生活を送ることになるわけですが、その過程で、シャーロックはやや考えを改めつつあるけれども、マイクロフトは相変わらず。ただ、作品の中にシャーロックやマイクロフトが出てくると、なんとなく嬉しくなるのは不思議です。
 シャーロック・ホームズの世界観の中に、女性問題や身分問題を織り込んだ本作は、なかなか面白いシリーズになっていきそうだと思いました。

エノーラ・ホームズの事件簿―ふたつの顔を持つ令嬢 (ルルル文庫)

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エノーラ・ホームズの事件簿 ワトスン博士と奇妙な花束 (ルルル文庫)

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エノーラ・ホームズの事件簿―令嬢の結婚 (ルルル文庫)

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